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東京地方裁判所 昭和61年(ワ)14116号 判決 1988年7月01日

原告 株式会社ジャックス

右代表者代表取締役 山根要

右訴訟代理人支配人 川崎良夫

右訴訟代理人弁護士 岩原武司

右訴訟復代理人弁護士 大山健児

被告 甲野花子

右訴訟代理人弁護士 畠山正誠

主文

一  被告は、原告に対し、金一〇八万五一七三円並びに内金九一万五一七三円に対する昭和六一年六月一三日から支払い済みまで年六パーセント及び内金一七万円に対する同年三月二八日から支払い済みまで年二九・二パーセントの各割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は、被告の負担とする。

三  この判決は、仮に執行することができる。

事実

(請求の趣旨)

主文同旨

(請求の趣旨に対する答弁)

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は、原告の負担とする。

(請求の原因)

一  被告は、昭和六〇年八月一九日、訴外株式会社京ふじ(以下「訴外会社」という。)から、呉服一振りを代金九一万八一八〇円で買い受けた。

二  右同日、原告と被告は、原告の訴外会社に対する右代金の立替え払いについて、次のとおり契約した。

1  原告は、被告に代わり、右代金を訴外会社に支払う。

2①  被告は、原告に対し、右内金七四万八一八〇円に分割払い手数料金一六万六九九三円を加算した計金九一万五一七三円を、昭和六一年三月以降同六四年二月まで毎月二七日限り、三六回に分割して支払う。

②  被告において右割賦金の支払を怠り、原告の書面による催告を受けたにもかかわらず、その指定期日を徒過したときは、被告は、期限の利益を失い、残額を一時に支払う。

③  遅延損害金は、割賦金残金に対し、年六パーセントの割合とする。

3①  被告は、原告に対し、右内金一七万円を昭和六一年三月二七日限り、一括して支払う。

②  遅延損害金は、年二九・二パーセントの割合とする。

4  本件に関する紛争は、原告の本店又は支店の所在地を管轄する裁判所とする。

三  原告は、前項の約定に基づき、訴外会社に対し、昭和六〇年九月二〇日、右代金計金九一万八一八〇円を支払った。

四  原告は、被告に対し、昭和六一年五月二三日到達の書面をもって、第二項記載の割賦金中遅滞に陥っているものについて、二〇日以内に支払うよう催告した。

五  よって、原告は、被告に対し、右立替え金及び割賦払い手数料計金一〇八万五一七三円並びに内金九一万五一七三円に対する期限の翌日である昭和六一年六月一三日から支払い済みまで約定の年六パーセントの割合による遅延損害金及び内金一七万円に対する期限の翌日である同年三月二八日から支払い済みまで約定の年二九・二パーセントの割合による遅延損害金の支払を求める。

(請求原因に対する認否)

一  請求原因記載一の事実は、認める。

二  同二の事実中、遅延損害金の約定は否認するも、その余は、認める。

三  同三の事実は、知らない。

四  同四の事実は、否認する。

(抗弁)

一  訴外会社の商法は、高額のアルバイト料でアルバイト従業者を釣り、長期間右高額のアルバイト料収入が得られるように仮想し、かついわゆるマルチ商法により高収入の期待を持たせて展示会に出席させ、実際は応募したアルバイト従業者に商品を強制的に売り付ける方法を採るもので、左記のとおり、被告に対しても多人数でこれを取り囲み意思の自由を与えずに契約を強要したもので、他にも被害者が多数おり、このような方法による売買契約は、反社会的行為として民法九〇条にいう公序良俗に違反して無効である。

1  被告は、大正九年生の一人暮らしの女性で、右契約当時、老齢年金とアルバイト賃金で生計を立てていた。

2  昭和六〇年二月ころ、被告は、新聞の求人欄を通じて知った訴外会社の六日間で四万円の収入が得られる旨の短期アルバイト広告に応募し、同年三月二三日から四日間訴外会社の講習を受け、その後二日間訴外会社の和服の展示会を手伝い、広告のとおり、六日間で四万円のアルバイト料の支払を受けた。

3  その後同年四月ころ、訴外会社の担当者から被告に対し、長期アルバイトを勧められ、これに応じて訴外会社本社に赴いたところ、同所において、長期アルバイトに採用されるためには商品を購入することを要する旨迫られ、被告は、同日、冬物道行コートを代金九万八〇〇〇円で購入し、報償金としてその二〇パーセントの金一万九六〇〇円の返金を受けた。アルバイトの仕事の内容は求人広告に応募してきた人々の指導の手伝いで、六日間働いたにもかかわらず、訴外会社は被告に対して金一万五二九三円しか支払わず、また、被告は、接客マナーなど訴外会社の主催する講習会に講習代(その都度金五〇〇円ないし一〇〇〇円)自己負担で参加させられた。

4  同年八月一九日、訴外会社から椿山荘における展示会の手伝いを求められて赴いたところ、訴外会社の従業員は、被告に対し、現金価格八五万円の本場大島紬一反を示し、当初は二、三名、最後は六、七名の従業員で被告を取り囲み、こもごも、良く似合う旨及び長期のアルバイトをするからには商品の購入をすることが必要であり、また、アルバイト料で簡単に支払える旨を告げ、継続的にアルバイトを斡旋したり、約定に従ったアルバイト料を支払う意思が訴外会社にないにもかかわらず、被告をしてアルバイト料の収入によりこれを支払えると誤信せしめ、右呉服を購入させた。

5  被告は右経緯で右呉服を購入し、購入に当たり、原告と被告は、代金八五万円について、その二〇パーセント金一七万円は報償金として被告に支払われるのでその支払時期に一括し、残金六八万円及び仕立て代等金六万八一八〇円計金七四万八一八〇円並びに手数料金一六万六九九三円は三六回に分割して支払うこととして、二通のクレジット契約を締結した。

6  被告は、その後も訴外会社の展示会を手伝ったが、訴外会社から、九月中の六日間のアルバイト料として金二万四四〇四円(同年一一月三〇日振込み)、一一月中の六日間のアルバイト料として金六〇九四円(同年一二月二七日振込み)の各支払を受けたのみである。

二  被告と訴外会社間の呉服売買契約は前項の経緯により締結されたもので、訴外会社の詐欺によるものであるので、被告は、昭和六二年二月一六日、訴外会社に対してこれを取り消す旨の意思表示をした。

三  被告は、訴外会社に対し、昭和六一年一月二四日、商品の返還及び原告とのクレジット契約の解消を申し入れ、同年二月七日ころ、その債務不履行を理由に呉服売買契約を解除する旨意思表示するとともに、原告に対しても、売買契約解除及び商品の返還の事実を通知した。すなわち、

右契約は、被告において呉服の仕立てをして買い受けること、訴外会社は被告に対してアルバイトを継続して依頼し、アルバイト料によってクレジット債務が遅滞なく支払えるようにすること、アルバイト料は六日間で金四万円以上であること、のすべてを内容とするものである。これに対し、訴外会社は、前記のとおり、昭和六〇年九月の被告の六日間のアルバイトに対して金二万六一七三円支払い、同年一〇月にはアルバイトをさせず、同年一一月には六日間のアルバイトに対して金六〇九四円支払ったのみである。

被告は、右契約解除の意思表示に当たり、催告をしていないが、右事情の下においては、高額のアルバイト料の支払は呉服を買わせるための方便であり、催告しても支払わないことが明らかである。

四  原告は、悪徳業者の訴外会社と結託、提携し、これに立替払制度の便宜を供与してアルバイト商法を可能ならしめた。クレジット業者が加盟店契約をしなければ、訴外会社は悪徳商法をすることはできない。このように悪徳業者と提携して被告に対して立替金請求をすることは、権利の乱用に当たる。なお、被告は、訴外会社から、銀行振込みの方法によって本件呉服売買契約に基づく報償金一七万円の支払を受け、これを引き出したが、銀行口座に止め置いていては、立替契約に基づく立替金として原告に引き落とされた上、更に請求を受けるおそれがあったので、これを避けるために口座から引き出したもので、これを取得する意思はない。

(抗弁に対する認否)

抗弁記載事実中、原告と被告とが被告による呉服の買い受け代金について二通のクレジット契約書を作成したことは認めるが、その余の事実は、知らない。

訴外会社は、被告に対して継続的に高額のアルバイト料支払の義務を負うものではないから、右アルバイト料に関する主張は、根拠がない。

被告による訴外会社との間の呉服売買契約解除の意思表示は、催告を欠く無効のものである。加えて、被告は、本件呉服の売買により得た報償金一七万円を訴外会社に返還していないばかりか、銀行預金口座からこれを引き出して費消してしまったのであって、被告においてこのような不信行為をなしながら契約の解除を主張することは信義則上許されない。

(証拠)《省略》

理由

一  請求原因記載一及び二の事実(但し、同二のうち、遅延損害金の約定の部分を除く。)は、当事者間に争いがなく、《証拠省略》によれば、期限の利益喪失後の遅延損害金は、年二九・二パーセントと約定されたものと認められ、右認定に反する証拠はない。また、《証拠省略》によれば、請求原因記載三の事実が、《証拠省略》によれば同四の事実が、それぞれ認められ、右認定に反する証拠はない。

二  被告は、本件呉服売買契約に関し、公序良俗違反等の割賦販売法上の抗弁を主張するので、これらについては、次項以下において順次検討し、まず、本件呉服の購入に至る経過についてみることとする。

《証拠省略》によれば、以下の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

1  被告は、大正九年生の一人暮らしの女性で、昭和六〇年二月当時、生活保護、老齢年金による収入及びアルバイト賃金で生計を立てていたが、新聞の求人欄を通じて知った訴外会社の六日間で四万円の収入が得られる旨の短期アルバイト広告に応募して同年二月末の四日間訴外会社の講習に参加し、右講習において、訴外会社の担当者から、知人に案内状を出し、展示会に招くよう指示され、自分の招いた客が着物を買い上げたときは売上の二〇パーセントの報償金が出る旨説明を受け、三月五日及び六日の二日間に開催された訴外会社の和服の展示会を手伝い、右六日間のアルバイトについて金四万円のアルバイト料の支払を受けた。また、被告が右展示会に招いた客が代金五五万円の呉服を買ったために、これに対する報償金として、後日、その二〇パーセントの金一一万円の支払を受けた。

2  その後同年三月下旬ころ、右講習で知り合った訴外乙山春子から、商品を購入すると訴外会社において長期の仕事をさせて貰える旨の勧誘を受け、訴外会社から冬物道行コートを代金九万八〇〇〇円で購入し、報償金としてその二〇パーセントの金一万九六〇〇円の返金を受けた。そして、同年五月二〇日から六日間の講習及び展示会に参加し、求人広告に広募してきた新人を指導した。右講習会及び展示会に関しては、金四万円が支払われる旨予め明示されていた訳ではなく、実際にも、被告は、最初に参加したときと同額又はそれ以上の対価の支払を受けなかったし、そのことについて尋ねることもなかった。また、右講習の際、被告の配属された班の新人が着物を買えば被告に報償金が支払われ、自己の配下に属する者が一定の金額の売上げをすると昇格する旨の説明を受けた。被告は、右展示会の歩合金として七月三一日に訴外会社から金一万五二九三円の支払を受け、このころ前記のようなアルバイト料が貰えないことに気付いたが、訴外会社に対して異議を唱えなかった

3  同年八月一九日、被告が訴外会社の主催する椿山荘における展示会に参加して稼働中、訴外会社の従業員は、現金価格八五万円の本場大島紬一反を被告に示し、約一〇名が被告の回りに集まり、こもごも、良く似合う旨及び歩合金や報償金が入るからそれで支払える旨を述べた。当初は高くて買えないと断っていた被告も、最後には、訴外会社におけるアルバイト収入によって支払えるものと考えて購入を決意するに至り、訴外会社との間で売買契約を締結するとともに、その支払に関してはクレジットを利用することとし、原告との間で、前記認定のとおり、代金八五万円を、報償金として被告に支払われる金一七万円分(一括払)と、残額金六八万円、仕立代等金六万八一八〇円及びクレジット手数料金一六万六九九三円の合計金九一万五一七三円分(三六回分割払)の二通に分けたクレジット契約を締結した。

4  被告は右着物を同年一〇月末に着る予定があり、仕立て上がりは同月末の約束としたにもかかわらず、期限までに仕立てが完了しないため、被告は、訴外会社に対して着物はいらない旨を通告したが、同年一二月ころに着物が送られて来たので、翌年一月に訴外乙山、丙川らと返品に赴いた。訴外会社は右着物を一旦受領したものの、翌年四月ころ、再度被告に送付したが、被告は、これを受領しなかった。

5  被告は、その後も訴外会社の展示会を手伝ったが、訴外会社からは、同年九月中の六日間のアルバイト料として金二万四四〇四円(同年一一月三〇日振込み)、一一月中の六日間のアルバイト料として金六〇九四円(同年一二月二七日振込み)の各支払を受けたのみである。

6  訴外会社は、短期間で高額のアルバイト収入が得られる旨の新聞広告等によってアルバイト従業者を求め、当初は短期間で比較的高額のアルバイト料の支払をし、右アルバイト経験者に長期間のアルバイトとして働くように勧め、これに対しては、右高額のアルバイト料を支払わず、着物を売り上げた際に二〇パーセントにも上る高率の歩合金を支払う旨約する外、その者に従属する地位にある者の売上げからも一定の歩合金の支払が得られる仕組みによって運営されている。このような訴外会社の商法については、早くは昭和五九年九月からいわゆる消費者被害に関する苦情が国民生活センター等に持ち込まれ、被告が本件呉服を買い上げる同六〇年八月二〇日前後ころまでに、約一〇件の苦情が出されている。訴外会社に関する苦情は、同六一年には約三〇件にも及んでおり、その大半は、アルバイトに従事したところ、訴外会社の従業員から強く勧められて着物を買った、とか、あまり必要もなく、支払のあても十分でないのに高い着物を買ってしまった、というものである。

7  原告は、その後、訴外会社との間の加盟店契約を解消した。

三  被告は、本件呉服売買契約の公序良俗違反による無効を主張する。

右認定の事情からすると、訴外会社は比較的高価な商品をアルバイト労働に応募した者に売り付けることを商品販売方法の中心においており、これについて、昭和六一年になると多くの苦情が寄せられていることが窺える。しかしながら、商品の用途、質、購入者にとっての必要性、代価とその支払方法等を考慮した上で当該商品を購入するかどうかは、購入者が自らの責任と判断で決定すべきことであって、商品の購入を強く働き掛けられたとしても、その方法が反社会的なものであるなどの事情がない限り、成立した契約が直ちに公序良俗違反となるものではない。訴外会社の従業員が被告に呉服の購入を勧めた程度及び方法は、前記認定のとおりであり、右認定の程度及び方法をもってしては、未だそれが反社会的なものであると言うには足りないし、本件契約によって被告が購入した呉服と対価との間に顕著な差があるという事情も窺えない以上、本件契約が公序良俗に違反するということはできない。

四  次に、被告は、本件契約につき、詐欺による取消を主張する。

しかしながら、殆ど労働の価値を有しないと言っても過言ではない前記認定の内容の短期間のアルバイト労働に対してその後も長く高額の収入が支払われることを期待しうべきものでないことは、通常の良識に照らせば容易に理解しえたところであり、前記認定の事実からすると、現に、被告においても、当初支払われたような高額のアルバイト料が継続的に支払われるものでないことを比較的早期に気付いていたものと認められる。被告が本件呉服を購入する決意をした動機が、今後とも訴外会社において稼働し、得られる収入によって代価の支払が可能であると考えたことにあり、これについて訴外会社の従業員の説明が預かって力があったものと解されることは前記認定のとおりであるが、そのような説明がされたからといって、これをもって詐欺に当たるということはできないし、他に、本件呉服の品質と代価との間に顕著な差があるなどの事情も窺えない以上、本件契約について詐欺による取消を論ずることもできない。

五  被告は、また、本件契約の解除を主張するが、訴外会社が被告に対して長期にわたって高額のアルバイト料の支払を約したことを認めるに足る証拠はないから、被告の右契約解除に関する主張は、その余の点についてみるまでもなく、失当である。

六  更に、被告は、クレジット業者である原告が悪徳業者の訴外会社と結託、提携してこれに立替払制度の便宜を供与し、被告に対して立替金の支払請求をすることは権利の乱用に当たる旨主張する。しかしながら、被告が訴外会社との間の売買契約により呉服を購入し、その代金を原告が立て替えて支払い、右契約に法律上の瑕疵がないことは右に見たとおりである以上、原告の本訴請求をもって権利の乱用に当たると解すべき理由はない。

七  以上のとおり、被告の抗弁はすべて理由がなく、本件立替金一〇八万五一七三円並びに内金九一万五一七三円に対する期限の翌日である昭和六一年六月一三日から支払い済みまで約定の範囲内の年六パーセントの割合による遅延損害金及び内金一七万円に対する期限の翌日である同年三月二八日から支払い済みまで約定の年二九・二パーセントの割合による遅延損害金の各支払を求める原告の本訴請求は、いずれも理由があるから正当として認容すべきであり、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、仮執行の宣言について同法一九六条を各適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 江見弘武)

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